現場での判断能力を磨き続ける人生。

育てる環境の大切さを痛感しました。

私が群馬大学を卒業した1980年は、
今のような整備された臨床研修医制度はなく、
多くの学生が母校に残ることが多かった時代でした。
私は母校を離れ、東京女子医科大学の循環器内科に入局しました。
当時循環器疾患症例が多いことで有名で、臨床経験が積めるだろうと、
考えたからです。
もくろみ通り、病棟には東日本各地から紹介された重症の患者さんが、
めまぐるしく入院し、また手術症例について心臓外科と連携が強く、
大変勉強になりました。
誤算は、重症患者が多いため、先輩医師たちも忙しく、
研修当初から“教えてもらう”、というより、“自分で学べ”という風土であったことです。
また循環器の3病棟約120床に、その年の新卒採用は2人だけ。
同じ病棟の同期は、心臓外科医のみという不安で心細い8ヶ月を経験しました。
たった8ヶ月間でしたが、
その経験が今に続く循環器内科医としての強さ、自信を私に与えてくれたと思います。

その後、3ヵ月毎に系統別に分かれた7箇所の内科系診療科を、
他科に入局した同期医師と合流してローテーションしました。
この21ヶ月は、当初の8ヶ月と全然違う環境でした。
指導者と朝に夕に患者についてディスカッション。
文献も渡され、時に私の代わりに点滴を取ってくれることもありました。
この期間に学んだことも若い私にとって、とにかく大きかった。
診療科が違うため、わからないことも多く不安なのですが、
そこでは多くのすばらしい先輩医師に巡り会い、
最初の8ヶ月に比べ受け持った患者は格段に少なかったのですが、
丁寧にしっかりと教えてもらえました。
またその間同期の医師とお互い教え、学び会う事も経験できました。
今でも、この間指導者に恵まれ、内科の基礎知識を学ぶことが出来たと実感しています。

この時の経験から、元の循環器内科に戻ってからも、
たとえ忙しくとも、研修医はもちろん、後輩やコメディカルを育てることに、
時間を割くように努力しました。

医師にもアイデアが必要だ。

医師となって5年目、縁あって山梨医大(現山梨大学医学部)病理学教室に国内留学し、血管病理を学びました。
それまで臨床の現場にずっと居て、
少し基礎研究の仕事に打ち込んでみたいと思ったのがきっかけです。
病理在籍の2年間で医師としてのベクトルが見えたと思っています。
その際指導を受けた先生方の昼夜研究に取り組む姿勢は、 大変勉強になりました。
ただ、臨床は、少なくとも治癒の方向に進んでいる実感値がありますが、
実験は、緻密に計画を立てても勝率は圧倒的に低い。
一晩中、培養中の血管平滑筋細胞と格闘したこともたびたびですが、
思った結果の出ないことも多い。
前に進んでいる気がしないのは、精神的にもキツい。
自分はとことん患者さんを診て、
症例を積み重ねるほうが向いているなと思いました。

もちろん臨床の場でも新しいことを発見することは大切です。
でも、そのためには、やはり多くの症例を経験し、
各症例を“自分のものにする”ことも重要になる。
たとえ指導者から言われたことでも、
常に疑問を持って考えることも大切です。
そういう時に、きっと新たな発見があると私は思います。
一日は24時間しかありませんから、
日常に追われがちの中で、いかに自分の目指すべき道を貫けるか。
医師にもアイデアが必要であること。
磨くべきは、現場での判断能力であること。
それを若くして学べたことも、幸せな体験だったと思います。

みなさんは、いい時代に生まれました。

今の研修医制度は充実していると思います。
当センターはもちろんですが、きっと他の病院でも
いろいろと学べるためのシステムができているはず。
また、一人ひとりが自分の道を自由に選ぶ時代です。
自分で自分の人生をコントロールできる。
昼夜、休日なく働いた私の研修医時代を決して良いとは思いませんが、
患者へのひたむきさと、自分の目標に向けての、ハングリー精神を忘れないでほしい。
是非、この時代に医師になったことを、最大限に活かしてください。

これから求められるのは、どんな医師でしょうか。
その医師像とあなたが目指す医師はリンクしていますか。
じっくりと考えてください。
その結果、この病院で一緒に成長することができれば、
とても嬉しく思います。

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